想いは虚構の夢となる

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「おばー様、神父様が紅茶のお礼をしたいからって呼んでたよ」 「あら、それは急いで行かなきゃね」 少年の報告に、婦人は優しく微笑む。 婦人の声に、楽しげな音色が混じる。微笑む顔は、愛おしさに満ちていた。 ああ、もしかしたら。 婦人は、ロスカロス神父に恋をしていたのではないのか。そして、ロスカロス神父も、婦人に恋をしていた。だが、敬謙なクリスチャンであり、神父であるロスカロス神父は、誰かと永遠の愛を誓うことを良しとしなかった。 別に、神父が婚姻をしてはいけないということはなかったのだが、ロスカロス神父自身が許せなかったのでしょう。 すべての人に、平等の愛を。 それが神父としてのあるべき姿だと、ずっと思って来ているのだから。 「ですが、誰かを特別に愛してしまったらそれは……」 僕は呟いて、花を見つめる。 たおやかに、しかし貪欲に生きる花。それを綺麗だと思った。どれほどその身が蝕まれようと、光を失わない瞳に、強烈に引き付けられた。 恋と言えばそうなのかも知れない。 だが、自分の中にある感情は恋とは違うと感じた。 恋なんていう言葉では片付けられない、貪欲なまでの枯渇。そして、恋とは違うという、決定的な理由となった恐怖。 彼女と対峙したときの事を、僕は決して忘れられないだろう。 強烈な朱を纏った身体に、冷たく、ぞくりとする声音。幾多のヴァンパイアと一戦を、時には数匹のヴァンパイアを一遍に相手にしたこともあった。だが、その時ですら、ここまで恐怖を感じなかった。 身体の心から、脳髄を突き破るほどの、本能的な恐怖。 あの時感じた恐怖は、決して忘れることが出来ない。それほどに強烈で、また、甘美だったのだ。 人は、己より強大な物を前にすると自然とそれを嫌悪する。僕が初めて彼女に会ったときの様に。 だが、それを受け入れてしまえば。 自分より強きそれを受け入れてしまえば、後は飲み込まれるだけだ。 その感覚は、何よりも甘美なもの。王を崇め陶酔する従者の如く、僕は彼女に酔いしれていた。 愚かだと言う人もいるだろう。 だが、この感覚を知ってしまえば。 もう、二度と戻れない。 咲き誇る花に触れ、細い茎を手折る。 ゆっくりと口元に持って行き、その花弁に口付けを落とす。 「……愛してますよ」 囁きは、風に掠われて消えた。 .
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