6人が本棚に入れています
本棚に追加
「先生、どうして会ってくれなかったの?」
「沙耶が可愛いから」
「嘘…でしょ…」
「クッ」
「ちゃんと答えて下さい」
「本当だよ」
見上げると、穏やかな表情で私を見つめる先生と目があった。
恥ずかしくて視線を逸らし、赤くなった顔を髪で隠した。
風が少し吹いて、数枚の桜の花びらが流れ漂った。
「沙耶、しっかり勉強している?」
「大丈夫だよ。先生のおかげで、遅れていた化学も何とかついて行けるようになったよ」
「ああ、そうだったね。あとは誤字脱字だね、あれは酷い」
「………」
私はしだれ桜の枝先を見つめながら、少し頬を膨らませた。
先生は私の頬をゆっくりと抑えて、小さく笑った。
「沙耶は何になりたいの?
目標を持って勉強するといいんだよ」
私は先生を見上げた。今度は視線をそらさないように頑張った。
「私がなりたいのはね…」
「ん?」
先生が私を見つめている。
私の気持ちを、ちゃんと伝えられるかな。
「先生、私ね、早く、先生のこと名前で呼べるような大人になりたい」
先生は一瞬辛そうな顔をしたけれど、すぐに笑顔に戻った。
「じゃあさ、良太って呼んでみて。大人になる練習」
先生はニコリと笑った。
「なんだか難しいよ、先生」
意を決して、そう呼ぼうとしたけれども、胸がギュッと苦しくなって、喉がカラカラになって、いつまで経っても、そう呼ぶことができなかった。
「じゃあ、沙耶、今度会えた時までの宿題…な?」
それからサヨナラをするまで、先生はずっと私の手を握り続けてくれた。
最初のコメントを投稿しよう!