1 それぞれの悩み

13/34
前へ
/120ページ
次へ
「安恵さんがもしもあんな男と付き合ったら、おれがスグルに代わってぶっとばしちゃうからね」 リュウは先日来の出来事を一部始終話し、最後にふざけた口調で付け加えた。 安恵はリュウの話をあいづちを打ちながら聞いていたが、最後の冗談には少し唇を緩めただけで笑わない。 しまった。 無神経すぎたかもしれない。 安恵はつい3ヶ月前に、夫の結城スグルを仕事先の事故で亡くしたばかりだ。 人の死を見慣れたリュウだから、つい口にしてしまった軽口だったが、 たとえ冗談でも傷ついている安恵に言っていいことではなかった。 しかし安恵はすいと手を伸ばしてきて、リュウの頭をくるりと撫でた。 「中学生もいろいろと大変なのね」 視界に飛び込んできた安恵の二の腕の白さや、ふんわりと漂ってきたボディソープの香りに、 リュウは何だか気恥ずかしくなり、思わず安恵の腕を払う。 「そういうの止せって言ったじゃないか。もう子どもじゃないんだぜ」 「ナマイキね。まだまだ子どもよ」 14歳のリュウに微笑む安恵は、まだ24歳。 だけれどリュウの唯一の家族だ。 リュウとの血のつながりはないけれど……。 戦場カメラマンだったスグルが、ある日突然、異国から連れ帰ったのが、10歳のリュウだった。 安恵は、素性さえはっきりしない存在のリュウを、訳も聞かずに受け入れ家族として迎え入れてくれた、たいした度量の女性だ。
/120ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加