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安恵は冷蔵庫を開けたが、あいにく、すぐに食べられるようなものは何も無かった。
「お腹はもうカツ丼なんだけどなあ。さすがにこの時間にそれはマズイよね」
ついさっきまでテレビで
『夏バテ解消。夏でもイケる絶品カツ丼』
という番組を放映していた。
リュウは苦笑いして立ち上がる。
「おれはカツ丼。安恵さんにはヨーグルトでも買ってくるよ」
「え~!」
「いいの? 顎の下のニキビがまだ治ってないよ」
いたずらっぽく指摘すると、いじけた調子で下を向く。
「うう、せめてフルーツ入りのが欲しい」
「了解」
リュウが玄関で靴を履いていると、ひょっこりと安恵が部屋から顔を出した。
やはり覚悟してカツ丼にリクエストを変えるのかと目をむけると、
「ねぇ、中学生の男の子に夜食を買いに行かせるなんて、もしかして母親失格なんじゃないかしら?」
と不安気に言う。
リュウはちょっと肩をすくめて、
「女性を夜の街に買い物に出す方が、男として失格だと思うよ」
と言った。
安恵はポカンと口を開ける。
「……びっくりした。今の言い方、スグルとそっくり」
ダンナとしては最低だったが、男としてはいつも最高だ。
スグルは。
「でもリュウは子どもなのに、ちょっとソレは生意気よね」
いたずらっぽく安恵が笑う。
「ふふ。でもいい気分。リュウ、ありがとね」
その笑顔は幼くて、スグルの葬式に訪れた担任のアカリちゃんや学級委員のクレナと付き添いの香織に、リュウの母親だと名乗らせた時、
なんとなく誇らしいような恥ずかしいような、くすぐったい気持ちになった。
そんな他愛もない繰り返しが、リュウの胸をじんわりと温かくさせる。
「いってきます」
リュウは礼儀正しく言って外へ出た。
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