心のシグナル

6/10
前へ
/10ページ
次へ
社会科教材室は窓が棚でふさがれていて、暗くて埃っぽくて好きになれない。 ただでさえ一刻も早く退散したいのに、そこで、 「もう少し、ふたりでいたいな」 なんて言われても、 「はあ?」 としか答えようがない。 「おれ、今日で実習終わりなんだよね」 それはそれは、ごくろうさまです。 そんなことまったく記憶にないぐらい意識していない男性から、対人距離2センチに迫られたら、 「近い近い近い近い!」 以外のどんな言葉が出る? 「最初に会ったときから、かわいいなあって思ってたんだ」 どの口がそんなことを言う! そんなことより何気に囲って逃げ道を塞ぐ、その腕をちょっとどかせ! 香織がじたばた暴れようとすると、臼井は器用に肩を押してそれを封じた。 「おっと、大声出しても無駄だよ。こっちの棟は人気がないからね」 臼井の言うことは本当で、思わず唇を噛みしめる。 自分のうかつさが悔しい。 「ああ、そんなに強く噛んじゃダメだよ。血が出てる」 細い指で唇に触れられた瞬間、全身が総毛だつほどの怖気を感じた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加