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女は真っ暗な前方を睨みつけながら車を走らせ、交差点ではブレーキとアクセルを踏み間違えて曲がる。 勢いだけはあったが、これは、と思うテールランプにはすべて振られていた。 シンはこれ以上女を刺激しないようにボソリと話しかけた。 「名前は?」 女はシンの存在などすっかり忘れていたかのように、ビクリと身をすくませてこちらを見る。 女は涙をたたえた瞳をしていた。 それから目をそらせるために、シンは忘れていたと助手席のシートベルトを引っ張って締める。 目を合わせずに言葉を続けた。 「怪我は大丈夫か?」 女の洋服は所々破れており、腕や膝からは血がにじんでいる。 さっきからの動きを見れば深刻な怪我をしたとは考えられないが、沈黙になれば、それをきっかけに女が泣き出すのではないかと心配になった。 だが女は気丈に答えた。 「人に名を尋ねるなら、あんたから先に名乗るもんだよ」 もっともなのでシンも答える。 「おれは、シンだ」 「そうかい。あたしは芹」 芹は子どもの名前をナズナと呼んでいた。 春の七草の出だしだ。 ふたつの名前の風流な記号にシンは妙に感心させられた。
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