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プロローグ
血の臭いに、シンはハッと顔をあげて路地を見た。
夜ともなると、ケンカやちょっとした傷害事件が耐えないこの街では、悲鳴やうめき声には、誰も気をとめない。
ましてや、暗がりから漂う不穏な気配など、避けて通る者こそあれ、好奇心で様子を窺うなんて、命知らずのすることだ。
だが、シンの敏感な嗅覚は、その血の臭いが、ただごとではない、流した人間がひとりであるならば、おそらく死に至っているだろう量なことを知らせた。
そしてその暗がりの路地から出てきたのは……。
ゴシック&ロリータというのだと、オヤジの店のポチから聞いたことがある。
ロココ調の黒を基調としたヨーロッパ風の装い。
首には黒いレースのチョーカーを巻き、膨らんだスカートを履いている。
頭にはバラのついた小さなハット。
白く塗った肌には濃いアイラインと真っ赤な口紅をひいて、一見しただけでは女の年齢もわからない。
だがその歩いてくる姿勢や歩調はしなやかで、身にまとう服装の印象からか、若い黒猫を思わせた。
そして血の臭いは、その女から一層濃く漂うのだ。
距離をあけて女の様子を見ていたシンの視線に、女はつと気がついて、顔をこちらに向けた。
この時、シンは気配を絶っていた。
ぶつかりでもしないかぎりは、目立たないはずだ。
だが女は、たがわずシンの姿をその目に捉える。
そして、赤い唇をゆがめ、妖艶な笑みを頬に浮かべた。
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