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それは小さい頃の、辛い記憶。できればあまり思い出したくないが、それでも決して忘れようとは思わない記憶。辛くても、抱えていくと決めた記憶だ。
「あーあー」
母を、呼ぶ。懸命に手を伸ばし、振り、見ていることをアピールする。この手を誰かに取ってもらいたかった。やがてベッドの裾から手が伸び、僕の手は優しく包まれる。
あの両親と手を繋いだのは、いつが最後だったかな。近所の公園に行った時か、隣の県の遊園地へ遠出した時か。もう鮮明には思い出せない。
だから今度は、一つ一つの思い出を大切にしよう。そう新たに決めた。
「マリア、レオンハルトをよろしくね。私は少し疲れたわ」
出産直後なのだ。体力の消耗も著しいはずである。このメイドさんはマリアさんと言うのか。よし覚えたぞ。
「はい、おやすみなさい。イーラ様」
僕を抱えたままマリアさんはそう言って、イーラさん――母さんが眠りにつくのを待つのだった。あ、僕の名前、レオンハルトって言うのか。格好いいな。そうしてここが、少なくとも日本でないことを思い知る。
レオンハルトというと、ゲルマンの方の名付けだったかな。あの辺りである可能性はなきにしもあらずだ。まあいいや、それは歩けるようになってからだ。
あ、ちょっと眠くなってきたな――。僕の意識は、優しい微睡みの中に溶けていった。
次に目を覚ましたのは、空腹を感じたからだった。ベビーベッドの上に一人。いや当然か。他には誰も見当たらない。
「あー、あー」
お腹空いたなあ。何か食べた――と、そこで僕は気づいてしまった。赤ちゃんの食事って、アレだよな……。
「どうされましたか?レオ様」
マリアだ。ヤバい、マリアの胸に目がいってしまった。健康的な肢体にぽよんと乗っかるお胸様。サイズは、多分平均的かなあ。
「お食事ですか?」
「あう」
むしろ会話できると思っているのだろうか、このメイドさんは。僕が言うのも違う気がするけど、普通は会話できないと思うよ。
「分かりました。少々お待ちくださいね」
母さんを呼んできてくれるのだろう――そう思っていた僕の目に映り込んだのは、マリアさんがエプロンドレスを脱ぎ出す光景だった。
は?いやいやいや何でマリアさんが。乳母か、乳母的なアレか。いやでも乳母ってことはマリアさん既に子供いるってことだしそれ即ち人妻である。容姿的にはティーンだって思えるほどだし、むしろ幼妻である。
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