0人が本棚に入れています
本棚に追加
唇が、触れた。
「じゃあ、また」
顔にかかった影が離れて、終電に乗る背中を見送った。
寒空の下、マフラーを巻き直して、歩みを進める。
マンションの扉を開けた頃、ポケットに入れた携帯電話が震えた。
"今日はありがとう"
迷った末、同じ言葉を打って返す。
メールを送信した後、携帯電話の電源を消して放り投げた。
"また行こう"
文末に書かれた言葉には、何も返さなかった。
もう、貴方に伝える言葉はない。
好きだった。
好きになんて、なりたくなかったけど。
私は貴方を、恋愛感情で好きだった。
貴方はキスをしたけど、私はそれより、大事な一言の方が欲しかった。
一言。
欲しかった言葉を、私から貴方に告げることはしないよ。
貴方を好きになんて、なりたくなかった。
「摩天楼」‐終‐
最初のコメントを投稿しよう!