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だが、頭上の男は、自分を観察するような素振りは見せなかった。
興味深げには見つめているが、闘技場の影に隠れるような形を取っても、男はそれを追うことはしなかった。
そして、ラストが真意を探るため、声をかけたのだが――男は自身の名を名乗ると、気にせずに続けてくれと微笑んだのだ。
――やりにくいな。
ラストは闘技場を散策しながらも、グロムへの警戒は一度も解いていない。
仮に自分ならば――知り合いにこの闘技場の監視を頼んでいただろう。少年がクレアはそうしないと踏んでいたのは、ひとえに互いに力量差があるからである。
――あの男が……俺の監視であるかどうかは、この際どうでもいい。
――問題なのは、この男がここにいるという事だ。
クレアが、このグロムという男に自分の監視を頼み込んだのならば、それはクレアが――謀略を阻止する程度の頭があるという事に繋がるだろう。
もしもそうではなく、この男が自らわざわざ足を運んだとしたならば、それはクレアに優秀な友人がいるという事になる。
偶然であるという可能性は、ラストは考えなかった。
自分が闘技場に罠を仕掛けようとした時に、クレア・フォーリスの関係者がそこにいるなんて偶然がある筈がない。
――どちらにせよ、何か仕掛けられる状況ではない……か。
ラストはそう至ると、闘技場を後にしようと足を進める。
自分が召還獣を駆使することは、向こうも重々承知であろうが――これ以上、手の内を晒す必要はない。だからこそ、少年は次の対策を練ろうとしていたのだが、
「あれ、もう行っちゃうのか?」
頭上から響く、グロムの不思議そうな声。
無視してもいい。しかし、向こうから声を掛けてきたのは――僥倖だった。
集められる情報が多いに越したことはない。引き出せるものを全て引き出す事こそが、勝利への一歩となるのだから。
「もう行っちゃうの……って、貴方、クレア・フォーリスの関係者だろ? 何でわざわざ、手の内晒すような真似しなきゃいけないんだ?」
「あぁ……そういえば、そうだったな! そりゃあそうか!」
「というか、あんたがここにいる事が、俺にとっては想定外だったんだよ。折角、罠でも仕掛けようと思ってたのに」
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