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「な……に」
驚愕を露にしたのは、今度はラストの番だった。
こと戦闘においては非情かつ合理的に進めるラストではあるが、その反面――義理人情には厚い面も持ち合わせている。
故に、彼がグロムに対して、僅かばかりの戸惑いが生まれたのは否めない。
果たして、この男から情報を引き出すのは――己の信条に触れるのではないかと。
しかし、相対するグロムの顔は穏やかなものだ。
「変に意識しなくていいぞ? でもな、罠は止めとけ? その……何だ。色々と止められない事になりそうだから」
「……クレアが、俺を殺すとでも?」
「いや、アイツはそんなことしないな! ただ……ちょっとばかり、厄介な人間が……きっと二人は来るだろうから」
いやに言葉を濁すグロムを、ラストは不審がったが――ここは追求しても仕方がない。
何故なら、自分はもう追う側になってしまっている。グロムの中で罠という選択肢が無くなった今、彼が自分に聞きたいことなど一つもないだろう。
――クレアの生の情報を引き出したかったが、これじゃあ難しいか。
――強引に聞いたところで、嘘が織り交ぜられる可能性もある……クレアのことは、俺が調べられる限りやった方がいいな。
ラストはそう自分を無理矢理納得させ、グロムに向かって頭を下げた。
「……その節は、本当にありがとうございました」
「変に意識するなって! クレアと戦う時も遠慮なんかすることないし、学生は学生らしく頑張ってくれよ?」
「……はい」
グロムが見せる朗らかな笑顔。これだけでも理解できる。
この男は――きっとクレアのような見るからに近寄りがたい存在にも、臆せずに向かっていける人間なのだと。
もう一度だけ頭を下げ、闘技場から今度こそ背を向けるラスト。
グロムの視界から姿を消し、胸に重い感情を抱いたまま、少年は僅かに溜息を吐いた。
――やるな、グロム……俺の良心に訴えかけてくるなんて。俺の追及も封じやがった。
――しかし、本当に気にして欲しくないなら、俺を助けたなんて言う訳ねーだろ。
張れる罠は張る。無知な強者をそこに誘き寄せ、嵌めさせる。
それがラストの戦いである。だからこそ、少年は――クレアを心のどこかで憧憬していたのかもしれない。
☆☆☆
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