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しかし、何の為に証拠を隠滅したのか――とは考えない。
あの青年がそうした行動をする時は、踏み込むこと自体が危険な案件を抱えているからである。
恐らく、今回も周囲に迷惑をかけたくないが為の行動だったのだろう。
それでも、とサーミャは思う。どうして――自分に何の一言もなかったのかと。
隣に並べない程、実力に確たる差がある訳ではない。単に顔見知りという間柄な訳でもない。
心配させたくないという心遣いだとしたら、それはあまりに見当違いだ。
そんなことを心中で思いながら、徐々にではあるが、怒気で頬を染めていくサーミャ。
過度な感情の片寄りは、別の感情を呼び起こすというのが当てはまるのか――今のサーミャはまさにその状態だった。
だが、少女はすぐに知ることとなる。
何故、実力もほとんど同じで――最早、恋人と呼称されても過言でない自分にレンが何の相談もしなかったのかを。
「随分な様子ですね」
突然背後から響いた――穏やかな声音。
サーミャは、それが自分にかけられたものだと気付くのに、数秒の時を要した。
――……は?
何故、サーミャは自分にかけられたものだと気付いたのか。
まだ背後の存在を、この目で確認もしていないのに?
そんな事は決まっている。その声は、決して忘れることの出来ない声――忌まわしき怨敵であると同時に、かつて自分が最後の家族であると認めた男の声だったから。
だが、だからこそ、サーミャは理解できなかった。その男は既にスタージャ、ひいてはグラバラスから完全に手を引いていた筈なのだから。
故に、こんな所にいる訳がない。たとえ、どれだけの確率と運命の気紛れでいたとしても――自分にこの男から声をかけてくるなど、有り得ない。
「ゲート・ファラモス……」
振り向かぬまま絞り出すようにして放たれた、サーミャの声。
一瞬で乾燥した唇から血が滲むが、その程度、今の状況を鑑みれば些事でしかない。
「どうして……ここにいる」
まさかとは思うが、自分を殺しに来たのか。
馬鹿な。流石にこの場で殺しなど行わないだろう。そうは分かっていても、サーミャは自身の不安を拭いきれなかった。
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