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それもその筈。
かつてのこの男を知る者ならば、そう警戒しない方が異常なのだ。
『魔神』なる二つ名を冠し、神をも葬り去る魔法を操るゲートは、もう一つの異名――性質を持ち得ていた。
それは、復讐者。
親に捨てられ、全てを失ったゲートが選んだ道。そして、その復讐の対象は――サーミャの両親でもある。故に、少女からすれば、ゲートは両親を殺した怨敵でもあり、ゲートからすれば、自分は復讐の対象である――――
対象であった。
だが、今はどうなのだろう。振り返ったサーミャの心中に渦巻くのは、果てしない困惑。
そこにいたのは、紛れもなくゲート・ファラモスである。
血を分けたと言葉にしなくても分かる、整った容姿。濃い金髪。深い海を思わせる、美しい瞳。
しかし、本当に――この男はゲート・ファラモスなのだろうか。
サーミャは、再度思う。あの日、自分と対面したゲートは、色濃い殺意にまみれた悪鬼のような存在だった。
その殺意が向けられなくなった時も、自分の存在を欠片も気にせぬ――冷たい男だった。
それが今では、柔らかな微笑を自分に向けている。殺意など欠片も持ち合わせていない微笑。
何よりもその微笑みに、一瞬でも心を奪われた自分自身が、サーミャは一番信じられなかった。
「僕がここにいたら、不思議でしょうね」
サーミャの動揺を察してか、ゲートは少女から視線を逸らす。
「ただの観光ですよ、僕の場合は」
「……答えになってないわ。貴方が何処にいようと、それは私に関与することじゃない……それでも、私の前に現れるなんて……」
含みのある言い方が僅かに引っ掛かったが、今はそこに焦点を当てる気はない。
冷や汗を背中に滲ませ、眉間に皺を寄せるサーミャ。
「スタージャを捨て、みんなの前から消えて……私の前に出てくるなんて、どういう気? それとも、気紛れで私を殺しにきたの?」
「随分な言われようですね。しかし、もう貴方の命は狙っていませんよ……分かるでしょう?」
「……」
確かに、今のゲートには殺気がない。直情的なこの青年がここまで穏やかなのだ。
その言葉に嘘はないだろう。
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