おいでよ、つわものどものらくえんへ

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身長は自分よりも幾分か高い。薄い半袖から浮き出る筋肉は厚みがあるものの、猫科の生き物のようにしなやかで柔らかい印象を受ける。 無駄のない身体。 武術や剣術を駆使しなければ、このような身体の造りは成し得ない。 そう理解させるには充分な肉体を宿す『遺伝子』。 だが、好青年風の男の顔に張り付けられた、のっぺりとした白い仮面が、その雰囲気を台無しにしていた。 ――……暗殺者って風には見えない。 ――だったら、何で顔を隠すんだ? 最初は、顔を知られたくないのかと想像した。 だが、すれ違う人間たちは、『遺伝子』の正体を知っているかのように道を譲っていく。 ならば、自分に顔を見せたくないのだろうか。しかし、ラストがスタージャに足を踏み入れたのは、今日が初めてなのだ。 『遺伝子』が顔を隠す理由が思い当たらない。 ――俺の知ってる奴に、こんな身体の奴はいない……。 ――しかし、初めて会った時ですら、顔を隠していたからな……分からないな。 一ヶ月前――自分がビルの一室に叩き付けられた時の事を、ラストは思い耽る。 激痛で目を覚ました時、最初に視界に映ったのが、この『遺伝子』という男だった。 開口一番、彼は名を名乗ると、白い仮面の下からラストの返事も待たず喋り続ける。 もっとも、ラストはまともに口をきける状態ではなかったのだが。 曰く、自分がこんな惨状に陥る羽目になったのは、単なる偶然である。 曰く、普段なら貴族の別荘に忍び込んだ罪で、牢獄に入れられる事になる。 しかし、このビルの持ち主は、いたく寛大である。 それだけでなく、不幸な自分に何かしてあげたいとまで申したらしい。 『遺伝子』なる男からすれば、ビルの持ち主は兄のような存在であり、出来る範囲の事を叶えようと――目を覚ますまで待っていた、との事だった。 そこでラストが言ったのが―――― 「しかし、物好きな奴だ」 「はい?」 「あんな目に合いながら、スタージャで仕事を紹介して欲しいなんて言うんだからな」 『遺伝子』は仮面の下でクツクツと笑う。ラストからは判断できないが、肩を揺らしながら楽しげに言っているのだから、そうなのだろう。 「また……不運な事故に合いたくないですから」
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