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しかし――
――手応えは。
――ない!!
肉が潰れる音もしなければ、骨が砕ける音が響いた訳でもない。
ましてや、巨大な机が受け止められた様子も見られない。四散した机と、蜘蛛の巣状の亀裂が走る壁を見据えながら、部屋の隅へと走るラスト。
――姿が見えない以上、無闇に攻める訳にはいかないな。
背中を見せなければ、攻撃が来る方向は――三方向のみである。
相手が何らかの魔法で姿を消しているのならば、自分は待ちに徹する。更に、ラストはあの一瞬で布石を打っていた。
先刻机を浮かした時、床一面に敷き詰められていた絨毯。
それが今では、足に絡まる程に乱れている。こんな足場では、相手が足音一つ残さずに接近してくるのは不可能だろう。
加えて、相手に突きつけたのは、三方向から攻撃せざるをえない不自由な選択肢。
「来い」
腰を据えながら呟かれた言葉に、恐怖の色はない。
あるのは静かな殺意と、漲る自信。相手が支配していた空間を、自分が支配したという自信がそこにある。
「やるじゃない」
数秒の沈黙を経て、今では瓦礫と化した机があった場所――即ち、部屋の中心から声が響いた。
若い女性の声だった。だが、ラストは別段驚きはしない。あの手に感じた感触は、女性特有の柔らかさだったからだ。
そして、何もない筈の空間から、徐々に輪郭が露わとなっていく。
灰色の髪。細い顎。妖艶な身体つきを強調する、ぴっちりとしたスーツ――猫のような吊り上がり気味の、大きな瞳。
一目で美女と判断できる外見の女は、くすりと悪戯が成功した子供のように微笑んだ。
「ただちょっと驚かせようとしただけなのに……あんな反応見せられたら、濡れちゃうわ」
「……俺をどうするつもりだ?」
警戒が解けた訳ではない。相手が姿を現したからといって、気を緩めるなど以ての外だ。
何といっても、ここはスタージャなのだから。
この女を倒すことが、Aランクを受ける条件という事も十分に考えられる。
しかし、ラストの思惑を裏切って、猫目の美女はケラケラと笑って腰を下ろす。
「取って食べやしないわよ……君がそれを望むのなら、私は大歓迎だけどね。さっきのはただ試しただけ……レンちゃんが紹介したランドの有望株を」
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