おいでよ、つわものどものらくえんへ

28/33

241人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
背中を濡らす汗の正体は、恐怖なのだろうか。 しかし、ラストは知っている。この恐怖が、ランに対して湧き出たものではないという事を。 例えるならば、深い渓谷を幼子が身を乗り出して覗き込んだようなものだ。 幼子はその深さに得も知れぬ恐怖を覚え、心を鬼にした母親に抱えられたような――そんな感覚。 自分が死地に足を踏み入れかけたと知り、額から汗を流すラスト。何時の間にか、書類を持つ手が震えて、取り落としてしまっていた。 「……」 無言で紙面を見据え、ラストは心のどこかで感謝していた。 同時に、改めて思い直す。この文面の誰かに会った訳でもない、戦ったのでもない。 だのに、こんなにも恐怖を覚えてしまう怪物が集っている。それが――スタージャ。 ――心のどこかで勘違いしてたな。 ――俺だったら、ある程度までいける……そう思ってたけど……認めよう。 ――俺は、弱者だ。 ――まともにやって勝てる相手は、いない。 ずっと、ずっと――自分よりも強い相手と――自分よりも圧倒的に強い怪物と戦ってきた。 ランドに入ってから久しく忘れていた感覚が、ラストの中に染み渡っていく。 「ラン、この書類の中で……Aランクの依頼の中で、最も一番強い奴と戦える仕事を用意してくれ」 「……」 「どうした? 受付としての仕事はしっかりとこなすんだろう?」 「死ぬわ、止めておきなさい」 ランの雰囲気は多少なりとも和らいだものの、自分を射抜く視線に嘘はない。 ならば、彼女の見立てでは、そのAランカーは間違いなく自分よりも強いのだろうとラストは推測する。 そして、それはラストにとって有益すぎる情報だった。 自分が相手取ろうとしている人間は、自分よりも強い。それも圧倒的に。万が一の勝率もないほどに。 「何か勘違いしているようだが……」 それでもラストは笑みを絶やさない。いや、ここで初めて自分が笑っている事に気付きながらも、表情を崩すことはしなかった。 「俺はランドで弱い者イジメを楽しんでた訳じゃない……俺が最も得意としているのは、俺よりも圧倒的に強いって勘違いしている野郎だ」
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

241人が本棚に入れています
本棚に追加