玩具屋

7/34

241人が本棚に入れています
本棚に追加
/112ページ
「……確かに、僕はラミアのヒト血清は持ってるけれど」 そう言って、『玩具屋』は周囲を軽く見渡す。 当然といえば当然だが、ラミアの気配は無い。それどころか、人の気配すら微塵たりとも無かった。 自分の店が避けられているのは知っているから、人の気配が無いのはいつもの事だが――不自然な点もある。 仮にこの少年が本当にラミアに噛まれたのだとするならば、その処置は遅くとも三分以内にしなければならない。 死の三分が過ぎたのなら、血液の凝固――あるいは、また別の毒素で死んでいなければおかしい。ならばこの少年は、ここではないどこかでラミアに噛まれるという失態を犯しながらも、三分以内に自分の店の扉を叩いたのか―― 転移魔法という移動手段がある以上、不可能ではない。 しかし、噛まれる程に拮抗した戦いの最中、ラミアはわざわざ獲物を逃す隙を与えるのか。 ――などという疑問の全てを、『玩具屋』は胸の奥底へとしまい込む。何故なら、彼は捕食者なのだから。 蜘蛛の糸に絡まった蝶をみすみす逃す。それこそ、彼にとっては有り得ない選択肢だった。 「いいよ、あげる。だから君は中でしっかりと休むといい」 自身の店の中へ入るようにと促す『玩具屋』。その心遣いに少年は弱々しい笑みを浮かべ、ゆったりとした足取りで男の背中を追った。 二人の男が見せたのは、全てが上手くいっているという――笑み。 ☆☆☆ 玩具屋の内部は、一見するとただのバーのようにしか感じられない造りだった。 滑らかな木目調のカウンター。その背後に大量に置かれた、色とりどりの液体。観賞用の植物や、カウンターの前に並べられた椅子がその雰囲気を大きくさせる。 光に照らされれば、そこは幻想的な空間に変貌するだろう。 尤も、艶やかな光彩を持つ液体は――人を酔わす酒でなく、人を殺す猛毒であるのだが。 「……助かりました」 赤髪の少年はそんな奇妙な空間で、安堵したように息を吐く。 先程『玩具屋』に注射された血清が効果を成しているのか、顔色が徐々に治まっているのは誰の目から見ても明白だった。
/112ページ

最初のコメントを投稿しよう!

241人が本棚に入れています
本棚に追加