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「うん、やっぱりだ……いや、疑ってたわけじゃあないさ。ただ、僕は自分の目で見たものを信じる人間だからねぇ」
戦闘の顛末を見届けながら、ヌルは耳元で何かを囁く。
何らかの通信器具を使用しているのであろう。まるで、何者かに語りかけるようにして紡がれる言葉は、独り言の類のものでない。
「アイツは……弟子だね。え? 大丈夫、殺しはしないよ……僕が今まで嘘を吐いたことなんて、片手で数えるほどしかないんだから」
揺ぎ無い自信を以って放たれた言葉を最後に通信を切ると、ヌルは一瞬でラスト達の元へと移動した。
隻眼で見据えるのは、半分死に掛けているような弱者たちの果て。
――……ふふ、なかなか面白い戦いをするじゃないか、ラスト君。
――さて、どうするのが一番かな?
ヌルは思考する。
この場で自分がどう行動するのが、一番面白くなるのかという事を。
無難にラストを救い、餌を水場に垂らしておくべきか。それともラストを殺し――あの男がどういう策を成してくるのかを待つか。
どれだけ考えても、ここで最善の答えは返ってこない。しかし、ヌルは己の微笑を崩す事をしなかった。
――……く、くくく……どうやら君は泳がせておきたいらしい。そうだろうねぇ、君からすればあの男への唯一の手掛かりなんだから。
――だったら、僕は選ぼうじゃないか。今、ラストを殺すという選択肢を……くはは、面白いよ。
――僕は何よりも、君が苦しむのが楽しいんだ。たとえこれが最悪の選択肢となろうとも、僕にとっては最高さ!
瞳に愉悦を映し、頬には引き裂かれたような醜悪な笑みを落とすヌル。
己の内なる怒りを笑いながら、少年は高々と手を振り上げ――
「――何をしている」
その手を遮る声が、新たに鼓膜を震わせる。悪びれもなくヌルが振り向いた先にいたのは、二人の男女。両者の視線には静かな怒りが込められており、さしものヌルも肩を竦めることしか出来ない。
「そんな怖い顔しなくても……治そうとしてあげたんだよ? それとも僕の言葉が信じられないの?」
「ああ、信じるさ。お前が言うんだから……だが、すんなりと何の疑いもなく信じられる事こそが、お前の嘘だっていう証拠だろうが」
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