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グラバラス 中央区
「……むぅ」
そこは、グラバラスの中でも輝かしい区画として知られていた。
とはいえ、夜を彩る繁華街という訳ではない。
寧ろ、そういった大人たちの憩いの場とは対を成す、華やかさがそこにある。
区画に並ぶのは、女性ものの衣服や装飾品を扱った店。我が物顔で歩みを進めるほとんどの人間は、若い女性。
そんな若い少女たち御用達の街角で、一際目立つ金髪が、とある店の前で唸りを上げていた。
サーミャ・ラーン。
童話の姫君というのが最も的確な容姿の少女には、道行く女性たちから羨望と嫉妬の視線が滝のように注がれている。
だが、彼女はそんな事を気にした様子もない。いや、気にする余裕もない――というのが、最も正しいだろう。
「……一体どうしよう」
サーミャが立ち止まってうんうんと唸っているのは、女性用の装飾品を主に扱っている店の前だった。
店構えは申し分無い。
白を基調とした外壁に、金の装飾で店名を象ったこの店は、区画の中でも人気の一店となっている。
外から見る分にも、穏やかな雰囲気に満たされているので、決して入り辛いといった訳ではないのだが――
――……果たして、レンは私が新しいネックレスとかを付けていて、気付いてくれるのかな……?
サーミャの胸の内を占めるのは、大きな不安と小さな希望。
『全帝』と畏怖され、スタージャのSランカーの中でも確固たる地位を保つ彼女も、言ってしまえば年頃の女の子である。
故に恋の一つもするし、それによって苦しむことも、幸福を覚えることだって多々あるのだ。
しかし、サーミャの経歴や容姿があれば、大抵の男ならば容易に堕ちてしまう。そうだというのに、少女がここまで思い悩んでいるのは、恋の対象が並の男ではない証拠だった。
――そりゃあ、私だって……もう十六になるんだから、お洒落の一つもしたいよ……。
――だけど、それをレンが気付いてくれなかったらと思うと……怖くて出来ない……。
ああ見えて、レンの出身はあの大貴族フォーリス家。貴金属など自分よりも遥かに見慣れているだろうし、何より家に帰れば"あの"家族がいるのだ。
これまで容姿に劣等感など覚えたことのなかったサーミャだが、流石にあの面々には気後れしてしまう。
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