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そうした理由もあり、サーミャはその一歩を踏み出せずにいた。
誰かの一押しがあれば、自分もこの店に入れるというのに。
そこでサーミャは気付く。かつて、世界を股にかけた『全帝』ともあろう自分が、レンを想う時はこんなにも臆病になる事を。
心中で苦笑しながら、この苦しさをどこか心地よいとも感じるサーミャ。
そんな時だった。背後から、どこか聞き覚えのある声が、自分の鼓膜を揺さぶったのは。
「あらぁ……確か、サーミャさん……だったかしら?」
「……あ、と……」
振り向いた先にいたのは、爬虫類を彷彿とさせる少女。金色の眼が、こちらを不思議そうに見つめていた。
確か、ラストと行動を共にすることの多い、二年生の女子生徒だった筈だ。
肌に張り付くようなタイトなワンピースは、露出こそ少ないものの、蠱惑的な曲線美を露にしている。
――……えっと、名前は……。
ちゃんと顔を合わせたのは、数日前の騒動が初めてだったが故、サーミャは目の前の少女の名前を思い出せない。
そんな様子を察したのだろう。少女は柔和な笑みを浮かべ、小さく舌を出す。
「ふふ、サロウよ……サーミャちゃんは今日、どうしたの? というか、入らないの?」
「え……っと、入ろうとは思っているのですが……」
「私も見たかったから、一緒に入りましょう? ほら、お店の人達も不安そう……貴女みたいな可愛い子が入り辛そうにしてたら、心配になるものでしょう?」
「あ、わ、すみません」
「私に謝らなくてもいいのよ、ほら、行きましょう」
言われるがままに手を引かれ、サーミャはたどたどしい足取りでサロウに付いていく。
だからこそ、彼女は気付けなかった――
恋は盲目というように、その感情は思考だけでなく、実際の視野も狭めてしまうものだ。
もしもサーミャが警戒心を最大まで高めていたならば、間違いなくソレの気配を察知していたに違いない。
少女たちが装飾店に入ってから数秒後――
先程までサーミャ達がいた場所を通ったのは、黒髪の少女。
彼女は微笑を絶やさずに、様々な店を物色していく。
だが、彼女が見ているのは――決して商品などではなく、そこにいる人間であると誰が知るだろうか。
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