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少女は柔和に、そして穢れを知らぬ赤子のような笑みを浮かべ、道中行き交う少女たちを見つめ行く。
まさに彼女が見せる天使とも言うべき微笑は、時として周囲にも笑顔をも伝えさせるものだろう。
だが、群衆の中で、果たしてどれだけの人間が気付いていただろうか。
少女の笑みが、人に向けられる類いのものでなく――愛玩動物に向けられるソレであったという事象に。
「ふんふんふーん」
上機嫌そうに、鼻唄混じりで街を闊歩する少女。
銀のゴスロリドレスに付いたフリルが揺れる。
真っ黒な髪を眉の辺りで切り揃えた、可愛らしい外見。そして――両目の下に描かれた、漆黒の涙を模した刺青。
彼女とサーミャが顔を合わせなかったのは、偶然なのか――それとも意図されたものだったのか。
それは、まだ――誰も知り得ぬ事だった。
☆☆☆
同刻 スタージャ 第五医療室
「……ああ、本当におかしな話もあったもんだ」
様々な医療器具が乱雑した空間の中、げっそりと目の下に隈をつくった男――『霊界師』は、深々と嘆息を交えながら項垂れる。
「まただ、また……『玩具屋』が捕まったっていうのに、何でまた死人が出やがる?」
彼が見つめているのは、今はもう言葉を発することのない若い少女の死体。正確に言えば、少女の死体である――と、確認できたものだ。
顔が潰された訳でもなく、バラバラの肉塊となっている訳でもない。寧ろ、その程度の死体を見るのは、医者の『霊界師』とて日常茶飯事である。
しかし、『霊界師』は目前の検死台に置かれた死体を見つめ、頭を抱えていた。
「……こんな殺し方、中々お目にかかれねぇぞ」
その死体は、ある意味、五体満足と言えた。指の一本も欠けていなければ、内出血の痕すら見受けられない。
ただ――一つ。
少女の全身、その皮膚の全てが、綺麗に剥がされているという点を除くのなら。
――……有り得ない。
最も異常なのは、皮膚が全て消失しているというのに、その下に張り巡らされた血管に傷一つないという事だろう。
つまり、こんな異常な死に方をしておいて、失血が死因ではない――そんな事は、普通なら有り得はしない。
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