241人が本棚に入れています
本棚に追加
今更ながらに周囲を警戒する『霊界師』。
並の使い手なら、既に行っている所作ではあるが、そこは畑違いの人間であると目を瞑るべきか。
それでも、予想した襲撃が来る様子はない。
死体と自分だけの――物言わぬ、静かな空間だけがそこに広がっている。
「……」
どれだけの思考を重ねても、『霊界師』は明確な答えは見つけられない。
ならば、自分はどうすべきなのか。少なくとも、この情報は『霊界師』だけが抱えるべきでないのは、明白である。
だが、それを渡す相手がもしも、殺人鬼の集団であるのなら――――
――レンは……今日、あの人に会いに行くって言っていた……。
――ならば、サーミャ……アイツなら大丈夫……かもしれない。
この際、サーミャが相手方と通じている可能性は、排除した方がいい。
そうでなければ、この先――あらぬ疑心暗鬼から、『霊界師』は誰にもこの事を話せなくなってしまう。
足早に医療室の扉へと向かう『霊界師』。だが、掌がドアノブに触れた瞬間――男はその動きを即座に止めた。
――……誰か。
――いる。
決して厚くない扉を隔てた先に、人間の気配を感じる。そして、『霊界師』は同時に理解していた。
この扉の先にいる存在は、恐らく――ずっとここで自分を待っていたのだと。異常な事実を発見し、それを誰かに伝えようとするのを、待っていた――
そうでなければ、こんなに都合よく立っているものか。
そして、この怪物は――『霊界師』を瞬時に殺すことも出来る筈だ。
「…………」
死ぬことは、怖い。
自分もああして、あんな風な物言わぬ死体となるのに、恐怖を感じない訳がない。
しかし、だからといってこのままでいいのか。
どうせ死ぬのであれば、死への道程度は自分で選びたいものである。
――……俺の最後の患者か……生かしてやりたかった……
――……あ?
僅かな躊躇と共に、背後の死体へと振り返る『霊界師』。
だからこそ、彼は気付いた。背後の検死台――そこに寝かされていた筈の死体が、跡形もなく消え去っていたという事実に。
最初のコメントを投稿しよう!