二章 魔神

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あまりの事態に『霊界師』は、最大の懸念であった筈の扉の気配の事すら忘れ、視線を宙に迷わせた。 死んでも生き返る人間を見たことが無い訳ではない。 事実、彼の知る怪物の中には、神性を帯びた巨大な武具をその身に受けても、笑いながら逃げ去る者もいる。 だが、先程までそこにいた少女の遺体――それは紛れもなく、そんな怪物の類いで無かった。 ならば――何者かが一瞬で連れ去ったか? もしくは―― その答えは『霊界師』が視線を宙に向けたことで、露となる。 「――――!」 『霊界師』の視線の先。 そこにあるのは、黄色く黄ばんだ天井。 常人では決して踏む事のない空間。そこを足場にして、男を見つめていたのは――全身の皮が剥がれた肉塊だった。 瞼の存在しない眼球は、当然ではあるが瞬き一つせずに『霊界師』を見据えている。 対し、男は自分の見ている光景が信じられず、身体を硬直させることしか出来ずにいた。 だからこそ、肉塊が例えようのない絶叫を迸らせ、男目掛けて跳躍した時――『霊界師』が身を捻れたのは偶然に過ぎなかった。 「うぉぉ?!」 「――――ァァァ!」 絶叫という意味では両者があげたのは同じ類いのものだが、その本質はあまりにもかけ離れている。 片や情けなく腰を抜かす男。それを睨み付けるのは、少女だった筈の――獣のような眼窩を光らせる肉塊。 このままでは、一撃を避けられた所で――『霊界師』の命が、この怪物によって散らされるのは時間の問題だろう。 ――何なんだよ……。 訳も分からず、目前の狂気にただただ『霊界師』は震えていた。 しかし、彼が怯えていたのは、怪物と化した少女の遺体――ではない。 ――何なんだ、その笑顔は?! 肉塊の背後に立つ――酷く醜い笑顔を浮かべた少年――ヌル。 その笑顔は、ヌルの見せる人を小馬鹿にした笑みとは違う――本当の悪の笑顔。 まさか、先刻まで扉の前にいた存在は、このヌルだったのか。 いや、そんな事は問題になどなりはしない。『霊界師』は、ヌルのようでヌルでない子どもに背筋を震わせることしか出来ない。 「ク、クク……かはは……ヒャハハハはは……あぁ」 どこか恍惚とした表情で、肉塊に微笑みかけるヌル。
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