二章 魔神

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確かにあの少年にも、並々ならぬ悪意と慧眼が秘められていたのは『霊界師』でも理解していた。 だが、このヌル――この悪魔の底に潜んだ悪意は、それまでのものと明らかに格が違う。 「あー……」 『霊界師』の問い掛けに、ヌルは面倒そうに頭を掻いた。 答える事が面倒と言う訳ではない。この男を殺した後の処理が面倒というだけの話だ。 しかし、ここまで見られてしまえば、ヌルからしても隠しておく必要がないのもまた事実。 ならば、ここで殺すのが一番か。 胸中でそう思いを馳せ、ヌルは手元のナイフに力を込める。 「……なーんちゃって」 「は……?」 「やだなぁ、助けてあげたのに……何者扱いされたら、流石の僕も心臓が抉られたような気持ちになるじゃないか」 だが、その凶刃が『霊界師』に届く事はなかった。 先刻までのソレとは違う、どこか人を小馬鹿にしたような笑みが男へと向けられる。 どの角度から見ても同じ顔だというのに、あのヌルとは別人にしか見えない。 ――どういう、事だ……? 『霊界師』が抱くのは、疑問と警戒。自分の理解を超えたものはスタージャに入った時から、両の手では足りない程に見てきた筈だ。 しかし、今日起こった出来事――その中でも、取り分け今のヌルの態度が最も理解できない。 脳髄が軋み、現状を上手く把握するのが不可能となってしまったのか。そうでないならば、今のヌルと数瞬前までのヌル――この変わり様は何だ? ――今さっきまで俺を殺そうとしていた少年と……この少年……。 ――まるで、人格が……いや、魂が入れ替わったかのようだ……。 ――……魂? 魂。人の器の中核に位置する存在。自分だけが生身で踏み込める領域。 ヌルの多重人格を疑うよりも早く、『霊界師』が己の力を行使しようとしたのは、長年医療に携わった人間としての勘が働いたからだ。 視神経に全ての魔力を繋ぎ――常人には見えない世界を映し出す。 人の本質を見極める所作。『霊界師』は言葉を紡がず、ただそれだけを行おうとして―― 「"僕は僕だよ。決して誰かが僕の中にいる訳じゃあないさ"」 声が響いた。 絶対的な力を持った声が。真実を置き去りにする、理をねじ曲げる域に至った業が『霊界師』の自由を束縛していく。
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