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同時刻 とある小国
全身を無数の針で刺されている。毛穴の一つ一つを、真っ赤に焼けた鉄棒で抉り抜かれている。
そう錯覚する程の重圧が全身を駆け抜けていく。
だが、その身が放つ気配には殺気というものが乗せられていない。
ふざけている――そうレン・フォーリスは思う。
ここまでの圧力を放っているに関わらず、殺気が込められていない? ならば、この男が自分を殺そうとしたならば、果たして何に包まれるというのだろう。
目の前の男が、どこまでも規格外の存在だとは知っていた。
普通の人間が踏みいる領域とは違う、尋常ならざるその域。絶対的な強者にしか歩む事の出来ない世界に、末端ながらもレンは踏み込んだと自覚している。
しかし、こうも遠かったのか――踏みいっているからこそ理解できたのは、目の前の男と自分の隔絶された差であった。
「で、僕に何の用ですか?」
息を呑む程の美貌を僅かに歪ませ、男はレンへと問いかける。
"普段の彼"をよく知る者が見れば、驚きを隠せない風景。何故なら、その男は――誰に会うときも常に微笑を浮かべているのだから。
勘の良い人間ならば、すぐに察知できるほどの柔な仮面。それでも、今日までそれを指摘されなかったのは、男の笑みが完璧な造形を持っていたからに他ならなかった。
そんな男が見せる、表情の変化。
レンはそれをどこか懐かしいと感じながら、言葉を返す。
「用が無かったら、来ちゃいけませんかね」
「来てはいけない……という訳ではありませんが。わざわざここに来るということが、面倒事を持ってきているという話に繋がるんじゃないですか?」
「何も言い返せません」
おどけたように肩を竦めた後、レンは真剣な目付きで男を見据える。
「……力を貸して欲しいんです」
「何故?」
「耳に挟んでいないと思いますが、グラバラスで大量殺人が起きています。そこでの調査に是非協力していただきたい……」
「犯人探し程度なら『狂虫王者』さんにでも頼めば良いでしょう。いや、あの人への依頼は実質不可能ですが……というか、その殺人犯程度も捕まえられないのですか?」
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