二章 魔神

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明らかに馬鹿にした態度で、男はレンを冷ややかに見つめた。 だが、そんな程度では青年は動じはしないし、その眼差しもある意味当然の評価と言えた。 たかだか――十人かそこらの殺人を犯した人間を捕まえられない、スタージャのSランカー。 歯に衣着せぬ物言いをするならば、ただの愚図。 名前が泣くどころの話ではない。最早、いない方が汚名を被せられないだけ良い。 そのような嘲りを受けたとしても、それは真っ当な評価なのだろう。少なくとも、目の前の男がスタージャに在籍していた時には。 だが、それが何だと言うのだ。自分の非力さを嘆いて殺人が止まるのなら、いくらでも嘆こう。 それで止まらない事を知っているからこそ、こうして頭を下げに来た――そんなものは、向こうも重々承知だろう。 「俺への謗りは幾らでも受けましょう。……どうか力を貸していただけませんか?」 「……ふむ」 男は僅かに目を伏せ、小さく溜息を吐く。 レン自身にはほとんど恩義はないが、彼の親族には返しても返しきれない恩義があるのも事実だ。 その恩義を少しでも返せるのなら、この提案に乗るのもやぶさかではない。 だからこそ、男は溜息混じりに、その言葉を口にする。 「クレアが来れば、僕も了承するのですがね」 「……アイツと会うんですか?」 「勿論。その様子では知らないようですね。少し前になりますが、ロゼと共に挨拶にも行きました……元気そうで何よりです」 「俺は、貴方はクレアを嫌っているように見えましたよ」 レンの言葉に、男は笑顔を消して口を開く。 「何を馬鹿な。今のクレアは、僕の命よりも大切な人間の一人ですよ。何せ、彼はロゼの命を救ってくれたのですから」 「相変わらずの……愛妻っぷりですね」 「それも当たり前です……まぁ、良いでしょう。クレアがその話を知れば、僕に頼みに来る……遅いか早いかの違いです」 笑みを戻した男は、そのまま虚空に視線を向ける。そこにあるのは柔和な笑み。 だが、レンにのし掛かる重圧は決して解かれなかった。それどころか、より一層強くなっていくばかりだ。 「何のつもり、ですか?」 答えは分かっている。 それでもレンが問い掛けたのは――火蓋を切り落とす為だった。
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