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ヒョイッと呆気なく手から抜き取られた短冊をお兄ちゃんは、どれどれなんて言いながら読んだ。
もう穴があったら入りたい。
『お兄ちゃんが他の女の人と仲良くしないように』
たぶん、この笹の中でも一、二を争う子どもっぽい願い事。
「七瀬……おまえ、俺を殺す気か? 心臓が……」
胸を押さえたお兄ちゃんはちょっと顔が赤い。
「え? 大丈夫?」
慌てて、お兄ちゃんの胸に私も手を当てた。
「全然大丈夫じゃない」
キュッと手を握られて、私も胸が痛くなった。ギュウッと。
あ、お兄ちゃんもこういうこと?
本当の心筋梗塞とかじゃなく?
「おまえ以外とは仲良くなんてしないよ」
嘘つき。さっきしてたくせに。
黙り込んで俯いた私の頭をコツコツとお兄ちゃんがノックするみたいに叩いた。
「そりゃあ、会社には女性社員もいるけど仕事の話しかしないし、愛想悪いから飲みにも誘われない。あれから毎日まっすぐ帰って来てる。だろ?」
『あれから』というのは、お兄ちゃんが退院してからということだ。
お兄ちゃんが私を庇って車に跳ねられて大怪我をして入院して。
そこで告白されて、付き合うことになったのだった。
退院してから、毎晩、お兄ちゃんは会社から帰ると、着替えてすぐに私の家に来てくれる。
たぶん、おばあちゃんを亡くしたばかりの私を気遣ってくれてのことだ。
玄関先で靴も脱がずにギュッと抱きしめて、そっと優しいキスをしてくれる。
私の顔色を見て、元気そうだとわかるとすぐに自分の家に帰っていく。
途端に寂しくなるけど、壁一枚向こうにいるのだと思えば我慢できる。
お兄ちゃんが私を大事に思ってくれていることはよくわかっている。
それでも、胸がこんなに痛いのは、さっきのお兄ちゃんの笑顔がちらつくからだ。
あの女の人と笑い合ったあの顔が。
「そんな顔して。ちゃんと言ってくれなきゃわからないだろ?」
言おうとしたけど、唇が震えて口を慌てて閉じた。
ほら、また泣きそうになる。
こんなんじゃ、お兄ちゃんに愛想尽かされても文句言えない。
「お菓子、ちょうだい!」
聞き覚えのある声に顔を上げると、香音ちゃんだった。
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