人に愛

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『ふーん。香音だって来斗くんのお嫁さんになるんだもん。それ書いて』 香音ちゃんが短冊に書く願い事をあっさり変更してくれて、ホッとしたけど。 「もう子ども相手に大人げないんだから。そのまま書いてあげても良かったのに」 七夕祭りが無事終了して、お兄ちゃんと二人で家までの道を歩く。 子どもの頃、暗くなるまで遊んで、二人で走って帰った道だ。 どこもかしこもお兄ちゃんとの思い出がいっぱい。 もしも。 もしも、お兄ちゃんがあのドラムの人と付き合って結婚していたら。 ここは随分住みにくい場所になっていただろう。 そこら中にお兄ちゃんの面影が見えて、苦しくて切なくて。 「あ、七瀬。おまえ、七夕の願い事を舐めてるな。どうせ叶わないとか思ってるんだろう」 「だって。……胸、大きくならなかったし」 「あれは、俺が大きくならないように願ったから」 しまったというように口元を拳で隠したお兄ちゃんを見上げた。 「え? なんで⁉」 私の貧乳はお兄ちゃんのせいだったの? 「おまえが男どもに変な目で見られるのが嫌だったから。胸がデカいとそれだけで厭らしい目で見られるだろ?」 「おかげさまで、子ども扱いのままですよ」 他の男の人に女として見られないのはいいけど、見てほしいお兄ちゃんにまで子ども扱いされるのは嫌なんだけどな。 「俺がそれがいいって言ってるんだからいいだろ?」 「私だって、ちょっとは女として意識してほしいけど。胸が大きい人には勝てないよね」 「誰に女として意識してもらいたいんだ? 世間一般の男に?」 「違うよ。お兄ちゃんに。……なのに、お兄ちゃんはいつまでも子ども扱いするし。胸の大きい人と仲良くしてるし」 お兄ちゃんが黙り込んだのをいいことに、うちのカギを開けて、おやすみと言った。 ヤキモチなんか焼いて恥ずかしいから、家に逃げ込もう。 「ちょっ‼ 待て!」 だけど、やっぱりお兄ちゃんからは逃げられるわけもなく、一緒に私の家の玄関に立ち尽くした。
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