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ショートヘアの綺麗な人。
ただのTシャツとGパンなのに、胸が大きいから色気がある。
お兄ちゃんも楽しそうに笑い合っている。
胸がキシキシと痛くなった。
そうか。あの女の人がドラムの人なんだ。
バンドの人たちが演奏の準備を始めて、やっとわかった。
『大学時代の友だち』って、てっきり男の人だと思い込んでいた。
ドラムの女性から離れたお兄ちゃんがこっちを向いて、一瞬目が合った。
「七瀬ちゃん、バンドのメンバーに挨拶しに行こうか。たぶん、今のうちに行っておかないと、もうチャンスないよ」
香音ちゃんの頭越しに牛島さんを見上げた。
その言葉の意味が理解できるまで、ちょっと時間がかかってしまった。
ん? という顔の牛島さん。
「あー、私はいいです。よく知らないので」
もしかしたら、サインとか握手とか求めるような場面なのかもしれないけど、バンドの名前も聞いたことがなかった私には何の興味もない。
むしろ、あのドラムの人の近くに行きたくない。
そう思ったのに、牛島さんはプッと笑った。
「欲がないね。いいから、僕に付き合ってよ」
そう言って、牛島さんはバンドに向かって歩き出した。
当然、手を繋いでいる香音ちゃんも私も道連れだ。
「東条くん、お疲れさま。今、メンバーに挨拶しても大丈夫かな?」
さすがにいきなりバンドに声はかけ辛かったようで、牛島さんはお兄ちゃんに声をかけた。
「お疲れ様です。どうかな。チューニング始めちゃったから、やめておいた方がいいんじゃないですか」
ぶっきらぼうな言い方にギクッとした。
お兄ちゃん、ご機嫌斜めだ。
さっきはあの人とあんなに楽しそうに笑ってたのに。
「じゃあ、終わってからにするか。残念だったね、七瀬ちゃん」
残念がってるのは牛島さんだけです。私はホッとしてるし。
「七瀬。おまえ、子どもたちに菓子配るんだろ? 俺も手伝うから」
来い、というようにお兄ちゃんが頭を傾けた。
「あ、うん。ありがとう。じゃあ、香音ちゃん、またね」
香音ちゃんに声を掛けてから、そっと手を離すと、香音ちゃんが寂しそうな顔をした。
「七瀬ちゃん、頑張ってね」
牛島さんもそれに気づいているから、わざと明るくブンブンと手を振ったのだろう。
ちょっと切なくなった。
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