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「僕は狂ってなんかいない。ね? そうでしょ?」
璃久はそう言うとすっくと立ち上がり、床下収納の扉を見つめた。
「私を閉じこめないで、隠さないで、そばに置いて、忘れないで……って。ずっと喚かれて、うるさいんだ。どうにかしてあげてよお兄さん。好きだった人なんでしょ?」
そう言いながら俺の反応を伺う目は、およそ10歳やそこらの子供のものでは無かった。
この少年の中には、いったいいくつの顔があるのだろう。
目を輝かせて俺の絵を見つめていた、無垢で幼いさっきまでの少年と同じ人間とは思えなかった。
―――そして。
確かに狂ってなんかいない。
俺の過去を偶然誰かに聞いて、からかってやろうと近づいて来たわけでもない。
この璃久という少年は、死んだものの魂を見る力があるのだ。
懐疑心を持ちつつも、俺はそれをどこかで感じたからこそ、少年を再びここへ連れてきたのだ。
この少年が見ている「もの」が本当に2年前、俺への当てつけで自殺した、“恋人の優香の魂”なのか、確かめたくて。
答えは出た。
「泣いてるのか、優香は」
璃久はコクンと力強く頷いた。
俺はゆっくり床下収納の扉に歩み寄り、2年間触れることの無かった取っ手を掴み、引き上げた。
そこには2年前、どうしても捨てることの出来なかった絵が5枚、無造作に突っ込まれていた。
イエロー・オーカーで塗りつぶした、優香の絵。
「被害妄想でイカレちまってたんだ、あいつ。浮気なんかしてないのに、勝手に勘違いして逆上して。
留守録に入ってた半狂乱のメッセージを聞いて、慌ててあいつのアパートに駆けつけた時には、もう息が無かった」
「でも、絵は捨てられなかったの?」
「やっぱり俺を愛して死んだってとこが、哀れでさ。ちょっと正視できなくて、塗りつぶしちまったけど、捨てるのは薄情だろ?」
「うそだ」
「何が!」
俺は璃久を睨みつけた。璃久は表情ひとつ変えない。
「あなたは、優香さんの死を悲しんでいない。得意になってる。自分を愛して死んだ人を勲章のように思ってる」
「馬鹿な!」
「あのイチョウの風景画の中にも優香さんがいる。アクセサリーのつもりで持ち歩いてるんだよ」
―――俺が、優香の死を悲しんでいない……。 勲章だと思ってる―――
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