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背筋がゾクリとする。
まだ午後3時だというのに、やけに冷え込んできた。
空は相変わらずの鉛色だ。
商店街の方から流れてくるエンドレスのクリスマスソングにうんざりしながら、俺は露店の店じまいを始めた。
やはりこんな浮かれたイブの日に、こんな無愛想な男に似顔絵を描いて貰おうなどという物好きは居ないらしい。
今日の収入はゼロだが、まあいいだろう。
原因不明の体調不良のせいで、2年前から職を転々としてきたが、なんとか年明けの5日から警備会社の仕事を確保した。
失業手当で当面はなんとか凌げるし、それまでは趣味の絵をのんびり描いて暮らそうと思っていた。
友人の言うところの“お気楽な33歳独身男”だ。
イーゼルに飾ってあった似顔絵見本や折り畳み椅子を布製バッグに詰め込んでいると、すぐそばに気配を感じた。
顔を上げると、一人の小柄な少年が正面に立ち、俺の足元をじっと見つめていた。
その目線の先に置いてあったのは、自作の4号の油彩画だ。
売るためではなく、“こんな絵も描いています”という賑やかしのために、何となく数点持ってきて並べて置いた風景画だった。
「絵が見たいなら手にとって見ていいよ。それとも、似顔絵を描いて欲しいのかい?」
出来るだけ愛想良く声を掛けると、少年はゆっくり目線を上げ、俺を見た。
小学校3~4年生くらいだろうか。男の子には間違いないのだろうが、色白で線の細い、驚くほど綺麗な顔立ちの子供だった。
柔らかそうな亜麻色の、毛先のフワリとカールした髪。
まっすぐ見つめてくる色の薄い瞳には、人形のように長い睫毛が影を落としている。
小振りな鼻、細い顎、花びらのような薄紅色の唇。
たまに神様って奴は、こんな完璧な彫像をこしらえて、悦に入るのだろうかなどと思ってしまう。
けれど、何だろう。こちらを見つめてくる目の刺々しさは。
俺は何か、気に障ることでもしたのだろうか。
少年はそのあと再びその小さな風景画のひとつをじっと見つめた。
ただの、イチョウ並木の平凡な絵だ。
「この絵、気になる?」
少年はこくんと頷いたあと、澄んだ声で言った。
「女の人の悲鳴が聞こえるよ。この絵の中から」
脳天を殴られたような、戦慄が走った。
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