イエロー・オーカー

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ヌードデッサンモデルのバイトを頼むと「脱ぐのは得意」と、いつも二つ返事で受けてくれるのは嬉しいが、妙に色気が出過ぎてしまって、その気配をキャンバスの上から排除するのに苦労する。 そして、イタズラが過ぎるのも難点だ。 今日もポージングを模索する振りをして、わざと足を広げ、きわどい部分をちらつかせながらクスクス笑っている。 すぐ横で少年が一瞬硬直し、じりじりと後ずさりしていく姿が目に入った。 「ヌード画コンクールが近々あるんだよ。賞金がでかいんでね」 言いながら俺は笑いをかみ殺した。 少年の耳は哀れなほど赤くなり、目はもう出口のほうに向けられたままだ。 握りしめた拳が、微かに震えている。 さっきの仕返しだ。 子供じみた笑いをかみ殺した後、俺は時計を見、そして今度こそ真剣にキャンバスに向かった。 サユミも手慣れたもので、前回指定されたポーズに体を固定して、動かなくなった。 俺はコバルトブルーをテレピンで溶いてざっくり輪郭を下地の上に描いて行った。 ペインティングオイルの匂いが気持ちを掻き立て、しばらくすると、いつものように程良いアドレナリンが俺の中に沸き上がってきた。 あらかたアタリが取れると筆を持ち変え、ジョーンブリヤンをメインに肌に落とし込む。 透明感を引き出す補色はカドミアムグリーン。肌を輝かせるバーミリオンは、色気の出やすいサユミの体にはあえて控えたほうがいいだろうと考えながら、俺はモデルに休憩を取らせるのも忘れ、30分没頭した。 ふと気が付くと、キャンバスの横に少年が立っていて、その視線が俺の手の動きと、サユミの美しい肉体の上をゆっくりと往復していた。 懐かしい目の輝きだった。 そういえば俺も、初めて洋画家の伯父が絵を描くところを見た時、こんな表情をした気がする。 伯父の持つ筆が、鮮やかな色彩と像をキャンバスに広げていくのを、魔法でも見るように見つめていたものだった。 この子も絵が好きなのかもしれない。 そんな事を思うにつれ、不思議とさっきのような少年に対する意地悪な感情は消え失せていた。 サユミに10分の休憩を告げた後、俺はその子に言った。 「油絵、描いたことあるか?」 少年は首を横に振った。 「描いてみるか?」 俺のその言葉に、少年の目は途端に光を帯び、輝いた。
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