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「ねえ、どうしてこんな色に塗ってあるの?」
少年は細い指先でキャンバスを指し示した。
デッサンの下地に、暗黄色の絵の具が塗られているのが気になったのだろう。
「これは地塗りなんだ。あとで絵の具が綺麗に乗るようにね。俺なんか金が無いから、一度描いた絵をこうやって塗りつぶして、新たな絵を描いていくこともある。下絵が気に入らなかった時もおんなじさ。後でもう一度このイエロー・オーカーで全部塗りつぶしちまうんだ」
「イエロー・オーカー……」
少年は指の腹でそっとその暗黄色をなぞった。
形のいい唇がキュッと結ばれ、絵の具の匂いを嗅ぐ小鼻がヒクリと動く。
「描いてみるか?」
何となく俺が言った、その時だった。
少年の目が、吸い寄せられるようにリビングの隅の床下収納の方へ動き、その一点を見つめたまま、急に頭を抱え込んでしゃがみ込んだ。
「どうした?」
そう訊いても少年はブルブルと首を横に振るだけだ。
俺は困り果て、少年の肩に手を掛け、立ち上がらせようとしたのだが。
「泣いてる。ああ……もう。やめてよ……うるさい! あっちへ行って!」
途端に弾けたように立ち上がり、少年は壁際に走った。
そして、くるりとこちらを向き、目を見開いて再び俺を見た。
「出してあげて。そして、ちゃんと謝ってあげて。お願いだから!」
少年はそう言うと、罠から逃れたウサギのように素早くリビングを抜け、玄関ドアから外へ飛び出して行った。
俺は言葉もなく、呆然とドアの閉じる音を聞きながら、さっき少年が睨んでいた床下収納の扉を見つめた。
再び背筋を冷たいものが走り、心臓が鼓動を速める。
「やっぱりね。うわさ通りの子だわ」
特に驚くでもなく、サユミは冷淡な声で言った。
「うわさ? お前、あの子を知ってるのか?」
「実家の近くに住んでんの。けっこう有名よ。いろんな意味で」
「いったい、どういう子なんだ」
「頭がおかしいのよ。引き取って育ててる親戚筋の夫婦も手を焼いてるみたいでね。あんなふうに急に目に見えないモノと話し始めたりするって。あんな可愛い顔してんのにさ。可哀想にね」
頭がおかしい? ……本当にそうなのか?
サユミは再びソファーに座り、ポーズを取りながら続けた。
「たしかあの子、みさき………岬 璃久って言ったっけ」
◇
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