イエロー・オーカー

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「ほら、きのうの女の絵、ずいぶん描き進んでるだろ」 自宅に璃久を連れて帰り、昨日のヌード画を見せると、警戒気味だったその目は途端に年相応の少年のものに戻った。 「もう、こんなに?」 「まだ乾いてないから、触るなよ」 下絵を元にザックリ全体に色を置き、あらかた乾いた上から大まかな陰影をつけて描き起こして行く。 実際にはこれはただのベースにしか過ぎないのだが、常に気だるい体を騙し騙しし、深夜2時まで描き進めたその絵は、素人目には7割方完成しているように見えるはずだ。 15号キャンバスの中に、サユミの肉感的な肢体がはち切れんばかりに実っている。 自信作になりそうな予感がした。 「璃久はこれを使っていいよ。何でも好きなモノを描いてみるといい」 あらかじめ下塗りをしてある古い4号キャンバスと、油絵の具、パレット、筆、テレピン等を渡してやると再び璃久は嬉しそうに目を輝かせた。 イーゼルなど無視して床に座り込み、キャンバスを抱え込んだまま、パレットの上に少しずつ絵の具を並べていく。 ネイブルス・イエロー、カドミウム・グリーン、ジョーン・フリヤン、……そして、ローズ・バイオレット。 “ローズ・バイオレット。この色は素敵よね。” 耳をくすぐる軽やかな声が脳の中で刹那蘇った。 俺は慌ててそれをかき消す。 「何を描くんだ?」 「ひみつ」 そう言って俯いたまま璃久はクスリと笑った。 教えもしないのに溶き油で絵の具を緩め、筆、ペインティングナイフでキャンバスに色を置いていく。 夢中になっているその姿は、ただの無邪気な10歳の子供だった。 別にこの少年を連れ込んでどうこうするつもりは無かった。 ただ昨日の奇妙な言葉の数々が、ただの悪ふざけだったのか、それとも“何かを知っている上での挑発”なのかを確かめたかった。 今朝方まで悪夢にうなされたのも、俺を駆り立てた原因の一つだった。 この子供が“知っている”はずは、万が一にも無かったが、そのことを確認して安心したかったのだ。 サユミが言ったように、本当にただ情緒不安定なだけの子供だったなら、問題ない。 少しお絵かきに付き合って、解放してやるまでだ。
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