第1章

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頃は梅雨。毎日細い雨が降り続く季節。 六月も終りだというのに長袖でも肌寒い朝もあれば、蒸し暑く肌がべたつく夜もあって。天候の安定しない日が続いている夏の初め。 暖簾を出そうと店の引き戸を開けた夏目が、相変わらずのどんよりとした空を見上げて軽く溜息をつく。 「毎日こう雨じゃ、滅入っちゃいますよね」 「梅雨は雨が降るものと決まってるぞ」 カウンターの中で顔を上げた秋月が笑う。手元には昼に出す定食用の鶏肉と冬瓜の煮物の鍋。軽く冷やしたそれを小鉢に盛って冷たい葛餡をかけていく。 「そりゃそうですけど……そろそろお日さまを拝みたい気分です」 「まあな」 厨房に戻ってきた夏目が、秋月の隣に並んで小鉢を覗き込む。 「いいですね、冬瓜の緑が涼しそう」 柔らかな黄色の器の中に、半透明に透ける緑の冬瓜が美しい。 「ここのところ蒸し暑いだろう。せめて料理だけでも涼し気にしようと思って」 「そうですよね。あ、今日のデザート、流し羊羹作ってみましたけどこれでいいですか?」 夏目が冷蔵庫からステンレスの流し缶を出してくる。 見れば蒼と碧がほんのりと混ざり合った透明な寒天の底に、水の流れのように白い素麺が沈んでいる。中にひと筋、ふた筋と薄い桜色の素麺が混じっていた。夏目がそれを型で葉の形に抜く。 「ここにね、小っちゃな金平糖をひとつ載せるんです」 淡い黄色の小さな粒を、ちょんと葉っぱに見立てた寒天に載せて。 「ほら、蛍」 どうです?と夏目が秋月の顔を見る。 「デザートは君に任せてるから……にしても、きれいな出来だな」 秋月の感心した声に、照れて夏目が笑い返した。 料理の腕もいいが、こういった甘味関係のセンスもたいしたものだと秋月は思った。 実際、夏目が定食物やコース料理の最後にデザートを付けるようになってから、それ目当ての女性客も増えてきている。
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