第1章

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「でもなんか寂しいかな……雨が続いてるし、もっとこう明るい感じのほうが良かったですかね?」 「これで充分だよ」 うーん、何かもうひとつ、と腕を組む夏目を見ていた秋月が、あ、と思い当たった顔をして冷蔵庫から箱を出してくる。今朝貰ったんだがと蓋を開ければ、中には鮮やかに赤い桜桃が入っていた。 「季節物だし、これでも添えるか?」 「あ、いいですね!ひと粒ずつ付けますか」 綻んだ夏目の顔を見ながらひと粒口に運んだ秋月が、うん甘いと頷く。ほら君も、と桜桃を唇に持ってこられて夏目がひとつ瞬きをした。 「ん?」 食べないのかと目で聞かれて。 ……これはいったん引いて手で受けるべきなんだろうか、それともこのまま口で? 唇に押し付けられた赤い果実を寄り目になって見詰める夏目が、内心で葛藤する。 「さくらんぼ、嫌いか?」 「いえっ!」 引っ込めようとした手をがっしと握られて、秋月が大きく瞬きをする。噛み付きそうな勢いで夏目が赤い実をぱくりと含んだ。秋月の指先に唇が触れて、頬が熱くなる。 「……甘いか?」 自分の唇が触れた指先を、ちろりと赤い舌で舐められて。夏目の心拍数が一気に跳ね上がった。なんとか口の中の果肉を飲み込んだが、味など分かったものではない。 「え、あの……あまい、です」 秋月の眉が少し寄せられる。 「……種は出した方がいいぞ」 腹をこわす、と真面目な顔で秋月が言った。 デザートに合うガラスの器があるからそれを出してくると、母屋に戻っていく秋月を見送って。はーと長い溜息をついた夏目が、厨房にしゃがみこむ。 ……俺、どうかしちゃったのかな。 俯いた額に落ちる黒髪をかきあげて、夏目が吐息をもうひとつ落とした。 秋月さんは料理人としての腕も良くて、尊敬できて、真っ直ぐな人で。でも意地っ張りで強情で、なのにどこか危なっかしいところもあって、目が離せなくて。側にいて役に立てたら嬉しいと思う。
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