第1章

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そう……それだけ、のはずなのに。   「昼になるぞ」 具合でも悪いのかと戻ってきた秋月に声をかけられて、いえ!と夏目が慌てて立ち上がった。 十二時になると、オフィス街からのOLとビジネスマンで町の中心街の飲食店は大賑わいになる。 「こんにちわー」 顔なじみのOL達が団体で入ってくる。 「あ、良かった、今日は一番乗りだ!」 狭い店はすぐに満員になり、外に行列が出来はじめる。 「ここはお弁当とか、やらないんですか?」 「そしたら混んでる時は買って帰るのに~」 「え、それじゃ夏目さんの顔が見れなくてツマンナイ」 きゃらきゃらと笑う娘達に、デザートの皿を運んだ夏目が笑いを返す。 「こんな顔で良かったらいつでも見に来てくださいね」 薄緑の寒天とさくらんぼの皿に、OL達が一斉にかわい~!の声を上げる。 「これ蛍ね、すごいカワイイ!」 「蛍と言えば、今日近くの川原で蛍祭りがありますよ」 夏目が店内に貼られたポスターを指す。地元の青年会と町の世話役達で作っている『蛍保存会』が主催する小さなものだが、出店もあるちょっとしたお祭りだ。毎年これを楽しみにしている子供たちも大勢いた。 町のほぼ中央を流れる川は『保存会』の努力もあって、いまだ清流を湛えている。毎年ほんの短い期間だけ、そこは蛍を見に来る人々で賑わうのだった。 「もう蛍でてるのかな?今年はなんだか涼しいけど」 「あ、昨日行ったけどたくさん飛んでたよ。とっても綺麗」 ポスターを見ながら首をかしげたOLに、別のOLが太鼓判を押す。ね、一緒に行きません?と半分本気で誘いをかけられて。お店があるのでと秋月が営業用の笑みを返した。 昼間はかきいれ時と知っているから、長居は出来ない。名残惜しそうに出て行ったOL達と入れ替わりに、ワイシャツにネクタイの一団が入ってくる。 「湿っぽいだけならいいが、蒸すのがいけないねぇ」 冷房の効いた店内に、揃ってほっとした顔をする。
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