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「この店を手放すつもりはありません」
秋月の言葉に、夏目がはっと驚いた顔になった。
……手放す?この店を?
「父の借金は月々きちんと返済しています」
朽葉を見据えたまま秋月が言葉を続ける。
そうですね、と朽葉が吸い物を取って一口飲み込む。ゆっくりと味わってからおもむろに口を開いた。
「……今までの分はね」
今まで?と秋月が怪訝な顔になる。
「新しい証文が出てきましてね」
朽葉がスーツの懐から紙を取り出した。
「新しい……って、そんな馬鹿な!」
カウンターに出されたそれを秋月が手に取る。夏目が脇から覗き込んだ。
「―――三千万?」
金額を見た夏目の目が丸くなる。
「そんな……こんな話は聞いていません!」
「そんなもこんなも、こっちにゃぁ証文があるんだよぉ!」
恫喝に慣れた声が上がり、突然金髪の男が立ち上がった。
「下手に出てりゃァ―――」
不意にきらりと光を弾いて。男の目の前のカウンターに飛んできた何かが転がった。
「……なっ」
思わず男が飛び退って、座っていた椅子が派手な音を立てて倒れた。
カウンターにごろごろと転がったそれは、血糊も生々しい魚の頭だ。
「あ、すみません」
魚を捌いていたら手が滑って~と、へらりと笑った夏目が腕を伸ばす。
「んだとぉ!」
「沼田」
カウンター越しに夏目の胸座を掴んだ男を、朽葉がたしなめる。剥き出しの上腕に爬虫類めいた刺青をした沼田が、渋々といった様子で手を放した。三白眼が夏目を睨みつける。
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