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すいと立ち上がった朽葉が、秋月の手から証文を抜いた。
「……また来ますよ。良く考えておいて下さい」
釣りは要りませんとカウンターに一万円札を置いて、男が出て行った。覚えてろよ!とお決まりのセリフを残して、沼田がガシャンと音高く戸を閉めた。
「秋月さん……いったい?」
なにがどうなっているんです、と夏目が秋月を振り向く。
「……つりを」
俯いて唇を噛んだ秋月の低い声。
「はい?」
「つりを渡して来い!」
「あっ―――はい!」
今までに聞いた事のない声で怒鳴りつけられて。夏目が慌ててレジから釣り銭を出す。引き戸を開けて路地に出れば、雨の上がった曇り空の下に去っていく後姿が見えた。
「待ってください!」
呼ばれてゆっくりと朽葉が振り向く。
「お釣りです」
差し出した夏目の手を見詰めて、薄く笑った朽葉が首を振る。
「取っておいて下さい」
「いえ、秋月さんに言われましたから」
「あなたが取っておいて下さっていいんです」
夏目の目が細まる。
「あなた方から貰う謂れがありません」
きっぱりと言った夏目が、黒いレザーの胸に釣りを押し付けた。
「……飼い主が強情なら、忠犬も強情というわけですか」
黒い丸サングラスの奥で、何かがゆらりと立ち上って。夏目がはっと身構えようとした時、横から沼田がその手首を掴んだ。
ふっと朽葉の気配が鎮まる。口を開きかけた夏目の手を、沼田がぐいと引き寄せた。
「お前、新しい板前か?」
朽葉を意識したまま、夏目がぎょろりとした目の沼田を見返す。
「あの店、辞めた方がいいぜ」
強く握られて、掴まれた手首に痛みが走る。
「自分の身が可愛ければなあ!」
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