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「―――っ!」
右腕を捻り上げられて夏目が目を細めた―――次の瞬間。沼田の方が地面に叩きつけられていた。濡れた歩道に水が撥ねる。
屈んだ夏目が沼田のズボンのポケットに釣銭を捻じ込んだ。
「失礼します」
朽葉を一瞥してひとつ頭を下げて。夏目が走り去った。
「―――この……」
起き上がって後を追おうとした沼田の腕を朽葉が押さえた。不満気に沼田が見上げるのに軽く肩を竦めてみせる。
夏目の後ろ姿を見送るその唇に薄く笑みが浮かんでいた。
「……秋月さん?」
夏目が戻ってくると、秋月は背中を向けてカウンターに腰掛けていた。隣に座って顔を覗き込むと、うっすらと笑ってみせる。
「すまない……とんだところを見せてしまって」
いえ、と夏目が首を振る。
「あの……借金って?」
立ち入った事とは思いながら、夏目はつい口に出してしまった。秋月がひとつ吐息をつく。
「親父が死んだ時に、あの連中……黒木商会というんだが、やつらが親父のした借金だという証文を持ってきたんだ。俺は何も聞いていなかったし……そんな馬鹿なとは思ったんだが」
「借金のかたに、このお店を?」
秋月が頷く。
「店と言うより、この土地が目当てらしい。この辺り一帯に広く手を伸ばしている。サラ地にして、流行の雑居ビルを建てたいらしいんだ」
「そんな……でもまた証文が出てきたなんて、嘘臭いですよ」
「前の時もちゃんと見てもらって……うちの実印が押してあった」
今回も確かめなくてはいけないけれど、と秋月がまた吐息をつく。
「君に迷惑がかかるかもしれない」
辞めてもいいんだぞ、と視線を外して言われて。夏目の頬に血が上る。
「……なんで―――なんでそんな事言うんですか!」
その勢いに秋月が少しびっくりした顔になった。
「俺、ここの従業員でしょう?一緒に頑張ろうって言ってくれたでしょう?」
そんな事言わないで下さいと、子供のように切ない顔で言われて。秋月が少し笑う。
「……すまない……悪かった」
とにかく弁護士に相談してみると言って、秋月が思わし気な瞳をまた伏せた。
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