一、無音のイントロダクション

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その少女は、「萌瑠華」と言う名前が大嫌いだった。  父親の仕事の都合で、海外で生まれ育った事が、良くも悪くも影響を及ぼし、 いずれは世界のどこでも、発音として通用する名前にと言う意味合いらしく、 つまりはリズム感だけで、姓名判断や細かな由来や意味は一切ないに等しい。  おかげで、帰国後は永らく「天田」と言う苗字の存在はぞんざいにされると、 フラフラと一人歩きする名前だけで、更なる不落なイメージを築かれ、 それがブラフでない事実もあってか、多感な時期に暗い影を落とす事となる。  華やかな国際舞台で通用する、高潔なる品性を養う人間教育をモットーに、 都内でも屈指の、格式と伝統ある超有名ミッション系の女学院に於いて、 彼女は群を抜いて浮いていた。  特殊な名前は、ここでは些末な事。環境や家柄も然る事ながら、 競争社会がドッグレースならば、他とは一線を画す、生まれ持った 特A級の才女であったからだ。  そんな言い訳の城壁を盾に、苦楽を供にする友はなく、会話は皆無な物となる。 世界は机上を出ず、答案用紙の中だけが、自分を証明する唯一の表現方法と化す。
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