一、無音のイントロダクション

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 その場から逃げ去る様に人波を縫って、数ある人目を避けながら、 いつだって、どこかに自分だけの安息の居場所を求めてしまう。 それが、どんなに狭く、低く、暗く囲まれ、閉ざされた空間だって構いはしない。  忽然と凛とした宇宙にでも放り出されたのだろうか。 隔離された様な静けさで、まだ疎らに乱れていても、瞬間失われた呼吸を 徐々にだが取り戻して行った。  おそらくそこは、校舎の裏手に当たる辺り。 死角とも穴場とも言い難い、路地の間の辺境の地。人気のないこんな場所で、 自分が変われるきっかけなんて、当然だが見つかる訳はない。 ましてや、激しく心が動く事もない。 結局、人には身の丈に合った枠や柵を超えるなんて不可能なのだ。  見上げた初夏の空に浮かぶ陽の光は、浮かない少女の顔を、 満面の輝きで照らし続ける。    話したいのに上手に話せない。喜びたいのに素直に喜べない。 悲しみや怒りも、それに賛同して、すっかり眉を潜めてしまった。  進路も退路も断たれてしまった少女は、これが見収めとばかり、 虚ろに映る世界を憂う様に見回す。  すると、そこにぽつんと飛び込んで来る、黙々とひたすら何かに打ち込む 人影一つ。その姿は、ただCO2を吐き出し机に向かい、酷く生き方を 諦めてしまった自分とは、どこか似て非なるものだった。  
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