扉の向こうにヒグラシはいない

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扉の向こうにヒグラシはいない

チケットを扇ぐようにパタパタさせながら館内に足を踏み入れると、クーラーの冷たい風が体の表面をなぞるように通り抜けていった。 「涼しい……」 思わず声に出てしまうほど、外は蒸し暑い。 閉じた自動ドアと共にヒグラシの大合唱は消え去り、美術館の中は静けさに包まれる。 まるで別世界みたい。 いつも木島楽器店のレッスン室の窓から眺めていた、美術館に入るのは、今日が初めてだ。 パブロ・ピカソ―――絵に興味のない私でも知っている奇妙な絵を描く天才画家。彼の絵画展のチケットを貰ったのは、ついさっきのこと。 いつものようにレッスン室に入ろうとした私を、受付にいた木島店長が呼びとめた。
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