第1章

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「あっ、こいつは水田の近くにいたヒの5番だ。どうして学校の井戸なんかにいたんだ?」  芳樹はカエルを観察してそんなことを言い出す。ヒの5番とは芳樹の勝手な分類によるカエルの呼び名だ。見ただけで捕まえたカエルデータを思い出せるとは、さすがはこの時期になると毎日のようにカエルを捕まえても間違わないわけだ。 「水田?まさかこの井戸、学校の外の水田と繋がっているんですか?」  予想外のヒントに楓翔は同意を求めるように松崎を見た。 「どこかに横穴が開いていて、それが地下水と同じ役割を果たしたのかもね」  これは面白そうだと松崎は笑う。そんな形での地盤沈下はお目にかかったことがない。 「ということは、明日は水田調査ですか?」  優我が暑さに負けたという顔をして嫌そうに訊く。夕方の森の中でもかなりの暑さを感じるというのに、日中の水田なんて暑すぎるだろう。できれば行きたくない。 「そうね。新堂、逃げるなよ。今の水の量はどう?」  松崎はにっこりと笑って釘を刺してから井戸の調査を再開する。もう水田に行くことは決定してしまったのだ。 「ちょっと入ってますよ。この間よりも増えていますね」  中を覗き込んでいた楓翔が言った。この井戸問題に積極的なのは結局は楓翔なのである。 「ふむふむ。この時期って田んぼに水が張ってあるわね。となると、水位の変化が田んぼに絡んでいる可能性は十分にある」  さらに面白くなったと松崎はにやにやが止まらない。その顔は子どものように輝いているが、興味が地盤沈下というところに科学部顧問らしさを漂わせている。 「これは明日も来れるようにしないとな。反応実験が終わるのは正確には深夜だから、徹夜すればデータが取り終わる」  林田も俄然やる気になっていた。井戸を作った時から穴の正体が知りたかったこともあるが、何より松崎と近づけるチャンスである。もさもさの天然パーマが嬉しさを反映するように激しく揺れている。 「なんか、また七不思議からずれていくよな」  莉音がぼそっと呟いた一言が、桜太の胸に深く刺さっていた。
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