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「ヒヒーンッ」
その声に顔を上げる、それはパドックにちょうど今姿を見せたナツミ、彼女の嘶く声だった。
まだ遠目にも関わらず、僕の姿を見つけたのか、あるいは臭いで認識したのか、明らかに僕に向けて鳴いていた、うろたえた僕を心配してか、元気つけようとしてか、慰めの嘶きが2度3度、パドックに響きわたる。
「ナツミ~!」
僕は彼女に駆け寄った。
ギャンブル神の加護だか、御利益だかの効果が切れたのか、あるいは全てが偶然、ただの奇跡だったのか、分かるはずも無かったが、次のレース僕が彼女にしてあげられる事は、もう無くなってしまった。
「ご、ごめんよ、ナツミ」
「イヒーンッ」
ああ、なんて優しい馬なのだろう。
ナツミは端から見ればレース前に落ち着きを無くした競走馬に過ぎないが、彼女は僕に、大丈夫、元気を出せと、気丈に振る舞っていたのだ、僕には分かった。
ありがとう。
ナツミは騎手に無理やり連れられて、出走ゲートに向かった。
そうだ、ナツミに教えられた、僕にはまだ、出来ることがあるんだ。
いよいよ、最終レースが始まろうとしていた。
ターフのすぐ脇、ゴール板前でフェンスにしがみつき、大勢の観客と一緒に僕はいた。
出走馬が全て揃えばゲートが開く、その時僕は、ギャンブル神も、御利益も、ゲン担ぎも既に忘れ、純粋にナツミの出走を待ち焦がれていた、彼女の最後の走りが見たいと。
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