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永い夜が始まった
町のガス灯にはぼんやりとオレンジ色の光が灯る
通りの彼方此方(あちこち)には看板を照らす色とりどりの明かりがちかちかと瞬く
そこら中の居酒屋から香ばしい白い煙が立ち上り、立ち行く人間を誘った
そんな賑やかな通りから少し外れた団地へと向かう路地
そこへ一人の女が、かつかつとヒールを鳴らしながら歩く
女は薄暗い路地を暫(しばら)く歩いてから、ふと後ろを振り返った
けれど、そこには誰もいない
まるで世界を断絶した様に、音の無い暗闇がそこへ広がっている
一歩路地を入っただけで此処(ここ)まで世界は違う
女はぼうっと来た道を眺めると、何事も無かった様に再び前へ足を進めた
かつかつ
彼女のヒールが乾いた音を鳴らす
暫く歩いた後、漸(ようや)く団地に続く広い道に出た
目の前に街灯の明かりを見て、女はほっと胸を撫で下す
気味の悪い、家までの近道
女は団地へと一歩足を進める
ちりん
一瞬、鈴の音が聞こえた気がして振り返る
すると
いつの間にか背後には人の影が
先ほど迄(まで)は居なかった「それ」に、女は思わず悲鳴を上げた
彼女の悲鳴が合図に成る様に、影は握っていた刃物を女に振り上げる
銀色に光るそれに、女の体は硬直する
自らに降りかかる災難を前に、女はふと最近巷を騒がせているとある「噂」を思い出した
なんでも、最近では婦女子を狙った事件が此の「黒縄町」では広まっているらしいのだ
殺される女達は惨たらしい状態で翌日路地に転がって鴉に突かれているのだとか
そんな背筋も凍る様な噂話
噂の詳細がゆっくりと振り下ろされる刃物と共鳴する様に頭に流れる
そうして、その切っ先が女の眼前へと迫ったその時
ちりん
再び聞こえた鈴の音
ぴたり
影の動きが止まる
にゃあ
路地に響いたのは猫の鳴き声
それから端へ置かれていた塵箱から一匹の黒猫が飛び出してきた
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