悪食娘

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 自分が死んだら如何する? そんな疑問が突然頭から降って来た火車は一瞬自らの耳が可笑しく成って仕舞ったのかと己を疑った けれど、それは決して聞き間違いや幻聴では無く 本当に彼女の口から出た言葉だった  だからこそ、彼も思わず聞き返した 何が如何してその疑問に行き着いて仕舞ったのか 穏やかでない彼女の発言に、恐怖すら覚える 「…ご主人が死ぬ?」  聞き返した火車 ゆっくりと振り返り、アグリを見る 「…どうして?」 「…例え話だ」 「…たとえ」 「『もしも』の話。もし、自分が死ぬ様な事があったらおまえは如何する?」  また また、同じ質問 彼女の言う「死」が火車の心に鉛を落とす 重く、冷たく響くその言葉は容赦無く彼の内部へ沈んで行く 「…もし」  反芻する様に 火車が呟く  もし 例えば、アグリが死んで仕舞ったら そうしたら、如何する?  首に巻かれた黒い髪紐が解かれ 金色の鈴が錆びて落ちたら 「…ぼくは」  ぼくは 一体如何するんだろうか  奇妙な間が二人の間に流れる 振り返った火車はそのままアグリを見つめ、そして目を細めた  とん 「…っ」  ぽす、と 火車に押し倒されたアグリ 視界に入ったのは、火車の真剣な表情 そこからは何時も見せる無邪気な笑顔は消え、まるで年相応のヒトの様だった 「もし、例えば、ご主人が死んだとして」 「…っ」 「…ぼくは…」  薄明かりの中浮かび上がる彼の黄金色の瞳 黒い癖っ毛の髪からは冷たい雫が滴り落ち、アグリの顔を濡らして行った
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