悪食娘

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 願っても無い登場に、少しばかり怖く成る  ああ、そう云えば 今日は満月だった  こんな夜は ちょっとした奇跡だって起こる  そう、例えば 無くした物がいきなり見つかったり 忘れていた記憶が突然蘇ってきたり 探し人が現れたり  唯 此処は世にも奇妙な犯罪蔓延る町 訪れる奇跡だって、奇跡と呼ぶには程遠い不運  そう、例えば 今現在最も殺してやりたい相手が近づいて来たり 「…」  ぴたり アグリが足を止めた すれ違う女は今日も黒い喪服姿 そして、また以前の様に囁く 「…あら、やっぱり良い香り」  ぴたり 女の足が止まる 二人の間にあるガス灯が点滅を始めた 「…自分は殺さなくても良いのか?」  ぽつり アグリが口を開く 「流石に、年寄りの肉には興味が無いか」  言うと、女がくすりと笑った 「いいえ、実に興味深いわ」 「…」 「アナタ、とても良い香りですもの」  周囲の空気が重く成る それに押し潰されない様に、アグリは足に力を入れた 「なら今、此処で殺してみるか?」  そう言ったアグリに、女は少しだけ間を空けて答える 「いいえ。今は未だ」 「…」 「ねぇ、ご存知?食事には順番があるの」  くすり 女が笑う 「あの可愛い子ちゃんは前菜。アナタはメインディッシュ。コースの順番は守るものでしょう?」  纏わりつく様な風に乗って、女の舌なめずりが耳に入った 背を撫でられる様なそれに、アグリが目を細める 「やれやれ、最近の言葉は良く解らないな」 「…?」 「…だが」  ぐ、と 拳を握りアグリが言う 「おまえを狩るのは自分だ。精々そのめいん何とやらを楽しみに耽っていれば良いさ」 「あらあら、それは楽しみね」  くすくす 女が笑いながら去っていく ガス灯が点滅をやめ、明かりが消えた  
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