悪食娘

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 力が抜けたのは一瞬で 次の瞬間には既に自らの意思で歩く事が出来た 「…アグリさん」 「…」 「…何処へ、向かわれるんですか?」  ぎい、と 屋上の扉を開き、アグリが足を進める 「…後の処理は任せた」 「…っアグリさん」  ばたん 扉が閉まる 聖四郎は直ぐにその場から動き、彼女の後を追った  しっかりとした足取りで階段を下りて行く彼女 混乱する白い建物の中、アグリだけが確かな足取りで進んで行く 人の中をかき分けながら、聖四郎はようやっと彼女の背を見つけた 「っアグリさん」  病院の外 人が騒ぐ中、聖四郎がアグリを引き止めた 「…一体、此れから何処へ…」  アグリの肩にかかる聖四郎の手 それに制される様に、彼女の足が止まった 「…シロ」 「…」  ゆっくりと 彼女の視線が聖四郎へと向く 「離せ」 「…っ」  ぞくり 瞬間 自然と聖四郎の手が彼女から離れる 「…」  体が凍って仕舞ったかの様に動かない そんな彼を一瞥すると、アグリはさっさとその場を離れて行って仕舞う 「…っ」  はっと 我に返った時には既にそこにアグリは居なかった 視線を巡らせ、その姿を探す   けれど、居るのは騒ぎを聞きつけた野次馬ばかり 当のアグリの姿は何処にも無かった 「…アグリ、さん」  凍てつく様な彼女の表情が聖四郎の瞳に焼きつく 今まで見てきた中で最も静かで 最も冷たかった
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