悪食娘

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 普段の彼女なら 迷わず火車を使う 彼と連携をとって悪食を狩るなら夜鷹も未だ解る  けれど 今回の彼女はそう言った手段には出ない あくまで一人で悪食を相手にする気でいる 聞いているだけでは唯の自殺行為に近い 「…本当に悪食を狩るつもりならせめてお嬢さんの所の猫を使え。でなければ、お前の部下の、」 「っ駄目だ」  彼の言葉に、アグリが激しく動揺した 「…あいつは、あいつらは、使えない…使わない…っ」  がたがた 彼女の手が震える 「…しかし、でなければ誰がお嬢さんを守る?」 「っ」  びくり アグリの肩が跳ねる そして、ゆっくりと夜鷹へ視線を合わせた 「…何故」 「…」 「何故、守るんだ」 「…お嬢さん?」  ぽつり 言ったアグリに、夜鷹が聞き返す 「何故守る。何の為に。如何して、あいつらが、自分を守るんだ」 「…誰かがお嬢さんを守らないと、お前が死んで仕舞うからだ」 「…っは」  かたかた まるで壊れた人形の様に アグリが笑う 「…っは、ははは、あっははは」  乾いた彼女の笑い声 暗い部屋に響き渡り、不気味な音楽を奏でる 「死ぬ?大歓迎だ。自分が一体何年生きて来たと思う?もう年を数えるのすら止めて仕舞ったと云うのに。これ以上生きて如何すると?」  彼女の口から出る言葉はどれも自嘲的で 自虐的だった 「此の老体を守る盾として、あいつらを使えと?冗談じゃない。あいつらの命を使ってまで此の生を延ばすつもりは毛頭無い」  それだけは 絶対に 「…悪食と云う稀ビトがそれ程脅威なら態々(わざわざ)死人を増やす必要は無い。自分が片付ければそれで事は終わる」  まるで悟ったかの様に そう雄弁に語るアグリ  もうこれ以上 夜鷹から何かが語られる事は無かった  その日見たアグリがまるで死を覚悟し、そのまま死んで行く様であると そう感じたのに、彼には彼女を止める言葉が見つからない 見つからず、アグリは夜鷹の前から姿を消した
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